標準体重

約3ヶ月ぶりの更新って…

煙草を断ってからもう丸9ヶ月が経過しました。
順調に体重も増え、今では64kg
断つ前が58kg

煙草を断ってからというもの、よく食べるよく食べる。
仕事柄、食べなきゃ仕事にならないわけですが
それにしてもすぐ腹が減って
これでは以前よりコストパフォーマンスが落ちてるのでは…。(汗
実は煙草を吸うほうが健康なのか…?(んなわけない

そして今日、「こんなに体重が増えちゃって大丈夫なのか?」という疑念に襲われ
自分の標準体重なるものを調べることにしました。

『標準体重・肥満度チェック』

まず身長は 169cm
170と見栄を張りたいところですが、そんなの張ったところでしょうがない。

そして現体重が 64㎏

さぁ結果は…

結果:BMI :22.40817898532965
   標準体重:62.834199999999996Kg
   肥満度:1.855359024225668%
あなたは、正常のようです。

安心しました。
これ以上増えなきゃいいわけですな。
若干、肥満よりっちゅうわけですな。
暇を見つけては泳ぎにいけばいいわけですな。

頑張ります。
今更何のためとか言わないで。

今から娘に嫌われないお父さん作りを目指して頑張っておきます。

ちなみに娘は今3歳。

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妄想族決起集会

押忍。

これより妄想族の会合を始めるッス。

いやね、人って妄想好きじゃないですか。

例えばですよ。
昼食の為に一軒の中華料理屋に入ったとき、そこに幼い女の子2人とその父親っぽい人という3人組がいただけでもうネタとしては十分なんですよ。

この一家はなぜこんな昼間からこんなところに…。

ここでもう色んな選択肢が浮かぶわけですよ。
母親が家出。
父子家庭。
○春。

そこに父親がビールなんて飲んでたらもっとシリアスな妄想展開を生むわけですよ。

父親の酒と暴力の日々に耐えかねた母親が泣く泣く子供2人を置いて逃亡。
それぞれの子供の机の引き出しには母親からの告白の手紙。
まだ幼い子供たちには理解できるはずのない文面。
「いつか迎えに行くから…」
「きっとどこかで会えるから…」
全てが嘘にしか思えない母親の台詞。

なぜ私も連れて行ってくれないの…
どこへ行ったの…
一体どうして…
子供たちの頭に次々と浮かんでくる疑念達。
子供たちには目の前の父親は憎しみの対象でしかない。
この期に及んでもまだ酒を呑むか…。
酒でも呑まないとやってられない…。
様々な憎悪の念が飛び交う一つのテーブル。
もうテーブルの上の中華丼と餃子は冷め切ってしまっている。
誰も料理には手をつけない。
ただ父親がビールをすする音だけが店内に静かに響く。
中華屋の大将も聞き耳を立てながら新聞を読んでいるフリをしている。
そして父親が静かに子供たちに切り出す…

「憎むならお父さんを憎みなさい…お母さんを憎んじゃいけない…」


ほらほらほら!

全部妄想じゃん!

このように人ってすぐに色々妄想しちゃうじゃないですか。
自慰行為だって結局は全て妄想なわけじゃないですか。

道端ですごい派手な格好をしたおばあさんとすれ違うだけで。
泣いてる女の子とそれを慰めている男を見るだけで。

そう。日常には色んなストーリーが眠っているんですよ。

今日なんかも妄想してやりましたよ。
朝ね。電車に乗るのに並んでたわけですよ。
そこに割り込んでくる初老の女性。
明らかに列じゃないところに仁王立ち。
電車のドアが開くと同時にスムーズに僕の前にインサート。
普通ならここで怒るわけじゃないですか。
しかし今日の僕は違ったんです。
瞬間にして妄想を成立させたわけです。

不法滞在中の中国人女性。
故郷から娘が留学の為に来日。
娘はこの電車に乗っていることになっている。
阪急電車の前から2両目。後ろの対面シートに座っているはず。
どうやってもそのシートに座りたい。
言葉は交わせなくても隣りに座って手を握り締めてやりたい。

どうですか。
こうなればもうしょうがないじゃないですか。
涙ながらに順番を譲るしかないじゃないですか。

まぁはっきり言って馬鹿ですけどね。
分かっちゃいるけどこういうのもいいんじゃないっすか。
こうすることで日常のイライラから解放されるのならいいッスよ。

おかげで座れなかってもいいじゃん(涙

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娘の命、自分の夢

ドクターは消え入るような声で
僕に告げました。


まことに残念ですが…

娘さんの余命はどう頑張っても

あと1週間です


それを聞いたとき
背筋が一瞬で凍りつきました。
来月でやっと1歳になるというのに…
なぜ…
なぜうちの娘が…

僕はただ号泣するしかありませんでした…
もうすでに全てを見失っていました…

あ。これ?

ですよ。夢。

いやぁ、全く嫌な夢を見てしまったものです。
寝たのに寝てない気分。
最近仕事が無いおかげで熟睡率が完全に低下してしまってます。


しかし、この今回の夢。
かなり設定も厳しいものでした。
今までに見た夢の中でも5本指に入るくらい号泣させてくれるものでした。

ゆっくり順を追って辿っていきましょう。
さぁ夢の世界へ。


その日はいつもと変わらぬなんにもない平凡な日でした。
ただ、違いを敢えて言うとすれば
僕と息子と娘が風邪をひいているくらいのものです。
(実際に今の状況と一緒。)

するとそのとき
娘の様子が急変しました。
(急変といっても確か、それほど大した変化ではなかったはず)
どう急変したのかはっきり覚えてませんが
とにかく急いで病院に連れて行きます。

それでも急患には変わりませんからドクターもすぐ見てくれます。
しばらく待つこと数分。

ドクターが神妙な面持ちでこちらに呼びかけています。
その呼びかけに応じて診察室に入ります。

診察室に入るとドクターは重い口を開きます。

「まことに残念ですが娘さんの余命はどう頑張ってもあと1週間です…」

!!

「はぁ?!1週間?!」

もうそこからははっきり覚えてません。
とにかく

「なぜ、うちの娘が!」
「まだ1年も生きてないのに!」
「1歳の誕生日すら迎えられないのですか!」

と叫びながら号泣ですよ。
もう何がなんだか分からない悲しみの嵐ですよ。

そしてドクターはこう続けます。


「原因不明で我々の力ではもう、どうしようもないんですよ…」


普通に生活してきた0歳児がいきなり原因不明の病で余命1週間ですよ?

全く納得できません。

なんの予兆もなく
いきなり余命1週間。

そこで考えるのは
あと1週間
この娘のために何ができるか。
 
 
思いつきません。(更に号泣)


だってですよ。
まだ何がしたい、何が欲しいとかそういう意思は強くない年齢なんですから。
何をすれば喜んでくれるのか。
はっきり言って途方に暮れましたよ。
絶望の上に絶望ですよ。
もう目の前真っ暗な上にマヌーサかけられてるようなもんですよ。(あんまり意味ないか)

でもふと思ったんですよね。
この子の為を考えるだけじゃなくて自分の為のことも考えないとと。
いやね。
自分中心とか独りよがりとかとはちょっと違うんですよね。
子供がしてほしいと考えることだけして自分がしてあげたいことをしなければ今度は自分に未練が残る。
僕は一生後悔しながら生きていかなければならなくなってしまう。

そう考えたときに一つの結論が出たんですよ。


一生分、抱き締めていよう。
 
 
子供だけではないと思うんですよね。
抱き締められることを嫌う人って実際のところあまりいないんじゃないですかね。
抱き枕だってそうです。抱き締めることで安心感が生まれる。
布団に包まって寝る行為だってそうです。包まれることで安心感が生まれる。
無機質のものよりも人肌であればその効力は計り知れないと思います。
抱き締めたい、抱き締められたいといった感情は誰彼大事にしなければならないものなのかも知れません。


結局夢はその結論が出た時点で終わってしまいました。
その1週間の余命のはずの娘の尻が顔に乗ってました。
しかもオムツ、パンパン状態で。
あれね。
ブニブニするんですよ。
しかも上で尻を上げたり下ろしたり。

スクワットで横着しないでいただきたい。

まぁ、目覚めは決してよくなかったものの、なかなか考えさせられる良い(内容は決して良いものではないが)夢をみさせてくれたものです。
起きてから娘を見たときに少し目頭が熱くなるのを感じました。


今、原因不明の病は増え続けています。
それは食生活、生活習慣、社会環境など様々な要素が起因となっているのでしょう。
ただ、そういう心配をしていても何もプラスにはなりません。
日々、後悔しないですむように生きていくほかにないのではないでしょうか。
僕には今回の悪夢が「生きる」ことを考える、いいきっかけになったようです。
これからも後悔しない生き方を心がけます。

 
 

仕事行く前にケーキ食っておけばよかったorz

(帰ってきたら妻と子供に全て食べられてた)

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不健康な健康の為

どこかのサイトの日記を見ていて
「乗り過ごし」というのを見たときに
ふと思い出したのだが
僕も1回だけ乗り過ごした経験がある。
多分、覚えてる限りでは1回だけ。

いつだったか大学時代の後輩達と梅田の【べんてん】で飲んだわけだが
後輩のうちの1人がこの春から「愛媛」へ就職で旅立つことがほぼ決定的とかいうことで
大いに盛り上がった。(寮生内ではちょっとした不幸は完全にネタにされる運命)
同情しながらも確実にオトす。
なんてひどいんだ、寮生。

と、まぁそれほど飲んだわけではないが
確実に呂律は回りづらい状況。

大学の寮は堺。
僕が住んでるのは京都。(端っこだが)
梅田なので当然、ここで解散。

ちょっとヨタつきながら梅田へ。
時間が時間だったので、すでに阪急は死亡。
仕方なくJR大阪駅へ。

あった。
辛うじてあった。
しかし確実にコレ終電。

間に合った。
京都どまりだが、その途中で降りる僕には全くもって問題ない。
ゆったりと乗り込んだ。

席は結構空いてたのだが
座ると昇天間違いなしの状態だったので
あえて座らず。

そして電車が動き出す。

大阪
新大阪
東淀川

着実に家に近づいていく。

そして『茨木』についた時に
「あ、あと少しだ。ちょっと座ろう。」

そうです。
この油断こそ今回の最大の敵

座ってしばらくすると眠ってしまってたようです。

ヤベ!って思い飛び起きたときには『向日町』を発車したところ。


しまったー(;´Д`)


あたふたしながらも、慌ててもどうしようもない現実に少し冷静になる。
「仕方がない。次で降りるか。」
『西大路』到着すると同時に反対ホームを見るも、絶望的。
すごすごと改札を抜け
周りを見渡す。
いくら近くに住んでても
正直こんな駅、使ったことないし。

なんにもねぇ。
いや、救いのTAXIが何台か止まってはいるが
今のオレには
金がねぇ。(つД`)

となると選択肢は一つ。

《徒歩》

「ハハハ、たった二駅だし大丈夫大丈夫」
と自分に言い聞かせながら歩く。
とりあえず車でその辺を走ることもあるため方向だけは見失わないで済むのが救いだ。
ちゃくちゃくと歩く。
どうせ自業自得だ。
健康の為だ。
酒の飲みすぎは不健康だがな。

たった二駅なのにヤタラ遠い。
とりあえず目指すはR171。
よし、吉祥院ボウルキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
いいぞ、この調子だオレ。

寒い中、テクテクと橋を渡る。
吉祥院までは昔、中学時代に自転車で来たことがあったので
大体の大変さは覚えてる。
確か、帰りは泣きながら帰った記憶が蘇った。

オィ、本当にオレ、歩けるのかよ(;´Д`)

でも今は仕方がない。
歩くより他はない。

東土川の交差点まで来た。
ヤベェ、あれだけ食って飲んでしたくせに
腹が減っちまっただ。
諦めながら財布を見る。


1500円。


あれ?
こんなに残ってたのか(;´Д`)
これならTAXI乗れたんじゃないのか、オレ。

でもここまで歩いてきた以上、もう今更TAXIに乗る気はない。
それに、こんなとこでこんな時間にTAXIなんて捕まえられない。

よし、食おう。

とりあえず東土川から入っていったファミマへ。
簡単に食えるものを探す。串に肉が刺さったものを発見。
あと軽くパンも手に取る。
そして飲み物飲み物…
おお!
ここのDAKARA、まだフィギア付いてる!
そう。丁度その頃、僕はDAKARAの人形を集めてしまってたのです。
残り2種くらいのところまでこぎつけて、近所のコンビニから見放されたのです。

「これは買わねば」

結局6本買い
計3kg追加。

バカか、オレは。

途中、何度か重さに耐え切れず休みながらも
線路際を歩きながら無事、帰宅。

時計を見てビックリ。
3時間も歩いてたのね(;´Д`)

車なら数十分なのに。

酔いは完全に醒めてたけど
はっと目を覚ますと玄関で寝てました。

皆さん、乗り過ごしには気をつけましょう。
あと、コレクションモノには気をつけろ。

しばらく脚立に上るのも辛いほど筋肉痛に悩まされたのは
言うまではありません。

PS。つい最近も酔った勢いで高槻から歩いて帰ってしまいました。
   VIVA徒歩ヽ(´▽`;)/
   


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複雑骨折

僕は中学3年生の夏頃
馬鹿なことで右手の拳を痛めてしまった。

とりあえずあまりにも格好が悪いので1日放置していたのだが
吐き気がひどく見たこともないようなサイズにまで膨張してしまっていたので
翌日の朝から保健室に駆け込み見せたところ

「あんた、馬鹿じゃないの!こんなのほっとく人間がいますか!」

と、怒鳴られ(こっちは男として我慢したつもりだったのに)
すぐさま近くの総合病院に送りこまれた。

レントゲンの結果、医者は
「これは複雑骨折してるねぇ。骨が折れて、曲がって、食いこんじゃってるねぇ。」

とまるで他人事のようにのたまった。(当然といえば当然だが)

その場で薬指と小指の間の付け根部分掌の小指方向から真横にと
2本ほど麻酔注射を打たれ、その麻酔効果が発揮されるまで待たずに
グイグイと引っ張ったりしてくれた。
こっちとしてはそれでなくても痛いのに。
麻酔注射も半端じゃなく痛いのに。
効く前にグイグイと捻り上げられるなんてはっきり言って悶絶ものである。

そして、幾度かの試行錯誤の末、医者ははっきりとこう言った。

「だめだな。これは切るしかないや。」

殺す!ぶっ殺す!

しかし丁度麻酔の効き始めた僕にはなすすべもなく、入院手続きをとるはめになった。
1学期の終業式の数日前にである。

そのとき僕は
「あの校長の話が長くてだるい終業式に出なくてすむなんて、なんてついてるんだ。」
と、うかつにも喜んでしまった。
そして入院生活をしばらくすることになった。
もちろん終業式には出席してない。
おかげで成績票は同じクラスの女の子の手によって僕の元に届いた。
成績票を女の子に病院まで届けさせるなんて気の利いた怠慢な担任だとは感じたが。

手術はなぜだか全身麻酔で行われ
ピンを入れて固定するといった方法で無事終了した。

麻酔が切れて起きてみれば尿道には管が入っており
こんなとこに、こんなん入るんか…
と少し感心してしまった。
抜くときは少し変な感覚ではあったが。

で、数日後、何事もなく退院することになった。
もちろん受験を控えた中学生という自覚は全くなく
病院での数日間はただの看護婦さんとのコミュニケーションの
無駄に時間が過ぎた場でしかなかった。

数ヶ月のち、とうとうピンを抜く日がやってきた。
もちろん埋め込んであるため、再度切開しなければならない。

また入院か…と喜んで悲しんでいると、なんと今回は局部麻酔でいくとのこと。

おい、じゃ、前回のはなんなんだ

と言えるわけもなく僕はされるがままであった。

自分で着替えて手術台にあがると看護婦さんが点滴を刺しに来た。

「君、血管細いね。探すのが大変だわ。(笑)」

と和やかな雰囲気で点滴刺し作業は開始された。
しかしいつまでたっても終わらない。
あちこちプスプスと刺されていくだけで何度もやりなおしている。
まぁ難しいのかもしれないし可愛い看護婦さんだから我慢しようと思っていた矢先
その看護婦さんは作業を完了させずに奥に入っていってしまった。
おいおい、点滴刺せてないじゃないか
と思っていると、次は医者の方が現れて点滴を刺し始めた。
医者なら簡単だろうと思って安心してると

「う~ん。もう、無しでもいいやろ。この点滴。」

おいコラ。

いらんのなら

最初からするなよ。
結局、点滴無しで手術は始まった。
もちろん前回と違って局部麻酔のため、こっちにははっきりと意識がある。
ゴリゴリと何かを削るような感触を味わいながら手術を体験する。
そのころ医者は
「こないだのゴルフさぁ~さっぱりだったよ」
「あはははは」
とこっちは全く笑えない話をしながら人の体を切り開いてた。

全身麻酔の方が良かった(涙)

えらいとこに管が入ろうとなんでもいいから意識をなくしてくれ(涙)

そして手術が終わり、医者は手の中に入っていた固定用のピンを記念にと言ってくれた。

病院からの帰り際、僕はその記念品をもちろん池に叩きこむように投げ込んだ。
お魚さん、ごめんなさい。

でも、これだけは言わせて欲しい。

お医者さん

こんなのいらないから看護婦さん下さい。

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